アンゾフの成長マトリックス【第57回】

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upマーケティング

みなさん、こんにちは。私のブログは、BtoB系製造業に、より距離感の近いところでマーケティングソリューションビジネスを語っている投稿が多いのですが、閲覧数からみると、基本的な知識を説明する投稿が意外と多く見られています。また時々頂くリクエストについても、一般論を教科書的に一から教えて欲しいという依頼も届きます。そこで、今回はマーケティングの初歩のフレームワーク、アンゾフの成長マトリックスについて解説したいと思います。

製造業の事業拡大の必要性

成熟市場では製品の拡大は不可欠

日本を含めた先進国において製造業が従来戦ってきた戦場は、ほとんどが成熟化しています。『プロダクトライフサイクル【第48回】』の通りで考えれば成熟/飽和期から衰退期に入るところに差し掛かっている状態です。

プロダクトライフサイクル【第48回】
マーケティングを語る上でプロダクトライフサイクルに触れないわけにはいきません。製品には市場に投入された初期時点から市場を退場していくまでの製品寿命があります。比較的長いものもあれば、1年程度で、切り替わっていく製品もあります。BtoB系製...

成熟市場では、当然モノがあふれています。つまりお客様は基本的に製品を必要としていない状況であり、そのような市場で企業を存続していくためには、新しい市場を開拓するか、新しい製品を開発するしかありません。
以前の投稿で、製造業が新しい事業に進出する時は、同一市場か、同一製品軸のどちらかで、本業から大きく外れるべきではない旨説明しましたが、このように、どの方向に事業を拡大していくのかを検討できるフレームワークが、今回説明するアンゾフの成長マトリックスです。

90年代までは、工業製品を大量生産できる国は、日本を含めた先進国に限られていました。しかし、中国をはじめとした新興国の工業化が徐々に始まり、2000年代に入ると、すり合わせ技術を多く持たない単純な工業製品であれば、十分に市場の要求に合ったものが供給されるようになってきました。
この結果、家電などは、新興国製品との価格競争に晒され、世界的にみても日本の工業製品の優位性は大きく失われました。
モノ余りの時代となった現在、顧客の求める価値は商品そのものではなく、商品を使った問題解決(ソリューション)に完全に移行しています。
製造業にとって、優れた性能といった製品そのものの価値は下がり、お客様が製品を導入することによって得られるソリューションといった納入後のサービスを売るビジネスに取り組むこと重要性が増してきています。いわゆる『モノ』売りから『コト』売りというものです。

アンゾフの成長マトリックス

アンゾフの成長マトリックス市場の軸製品の軸で4つのフレームを作り事業を検討していくフレームワークです。

アンゾフの成長マトリックス

既存製品×既存市場・・・市場浸透戦略

過去において営業戦略上、最も検討されるのが既存市場において既存の製品で戦っていく戦略です。
簡単に言えば、『今と全く変わらない状況の中で売上を拡大するにはどうすれば良いのか』ということになりますので、その方法は新しい顧客を増やす(シェア拡大)販売価格を上げるしかありません。
まさに、ほとんどの企業が日々行っている販売戦略です。

市場浸透の公式

売上=製品A((顧客数×n)+(単価×n)+(購入回数×n))

まだ、自社のシェアが、小さいのであれば、顧客を増やすことは可能です。訪問管理(訪問件数や有効訪問管理)を徹底し、アウトサイドユーザー攻略を行ったり、または特定なセクターを意図的に狙い撃ちするような集中化戦略なども良く検討されます。
ポーターの『競争有利の戦略』などを参考にして、販売戦略を練っていくことです。

マイケル・E・ポーターが提唱した競争優位を創出するための3つの基本戦略のこと。競争優位を創出するには、まず競争相手よりコストを下げるか、競争相手以上の付加価値を提供するかという2つの方策がある。前者は「コスト・リーダーシップ戦略」となり、後者は競争相手との差をつくる意味で「差別化戦略」となる。これらは競争する市場の範囲を広くとらえた場合の戦略であるが、さらに競争範囲を狭く限定することで、その市場において競争相手より優位性を創出することができるとし、これが「集中戦略」となる。 なお、「集中戦略」は、範囲を狭く設定したのち、低コストを指向するか差別化を指向するかで「コスト集中戦略」と「差別化集中戦略」に区分される。『コトバンクより』

但し、成熟市場では、お客様の数は減っていく方向であり、新しい顧客を増やしていくことは非常に難しい戦略です。
そのため、販売価格を上げるといった手法が一般的です。BtoCビジネスであれば、高頻度で購入してもらう、といった選択肢もありますがBtoB系製造業ではそれも極めて難しいです。やはり、販売価格を上げるのが最も有効なのです。
しかし、ただでさえ売れない状況の中、値上げなどをしたら、それこそ大きな販売不振に陥る可能性があります。果たしてどのように考えれば良いのでしょうか?

1)アップセル
現在検討・利用している商品やサービスを、より上位モデルにする方法
BtoB系製造業(法人営業)の場合、購買決定は決定者の利得で決まります。投資も大きくなると『せっかく買うなら損をしたくない』または『いいものを選択して会社で評価されたい』という購買者の心理を利用して、少しでも付加価値を高めた製品を販売し、売上(収益)を上げることです。
①仕様をアップグレードし、ROIを活用した上位製品の販売
②無料プランを勧誘し、更に高いサービス(付加価値)を提案することで有料プランに導引
1年点検サービス保証期間を延長(付加価値)することで追加費用の受領

2)クロスセル
現在検討・利用している商品やサービスに追加して、別の商品も購入してもらう
BtoC系企業では常套手段です。パッと浮かぶのはファーストフード店での『ご一緒にポテトはいかがですか』のパターンですね。Amazonのレビューレコメンド機能もこのクロスセルを活用した売上(収益)拡大策です。
関連製品を合わせて提案することで付加価値を高め、セット販売
消耗品とのセット販売(サブスクリプションビジネス)
アフターサービスとのセット販売(サブスクリプション)

ちなみに、このアップセルクロスセル顧客ロイヤリティが高くないと効果が薄い戦略です。顧客との好意的なリレーションの上に成り立つ販売戦略と言えるでしょう。
またせっかくアップセルクロスセルを展開しても売上が上がるだけでは実行する意味がありません。企業は全て収益なのでその顧客と将来的にそれくらいの収益が挙げられるのか、いわゆるLTV(ライフタイムバリュ)をどれだけ高められるかを意識することが重要になります。

アンゾフの成長マトリックスを説明している書籍やWEBサイトはたくさんありますが、既存市場×既存製品については、ほとんど明確な説明がありません。
私は、BtoB系製造業こそ、このセグメントをまず深堀していくことが重要だと思っています。
ちなみにリカーリングサブスクリプションモデルについては過去の投稿でも触れていますので併せて読んでみて下さい。

製造メーカーのゲームチェンジ【第12回】
自社の製品が売れなくなった時に、新しい製品を生み出していくことが必要なことは過去の記事でも述べてきました。その際、ビジネスの仕組みを変えることを考えていかなければなりません。特にBtoB企業の中でも製造メーカーは自社の製品販売に偏り過ぎて...

既存製品×新規市場・・・市場開拓戦略

これは製品軸は変えずに市場軸の拡大戦略です。現在、販売している製品の切り口を変えて、他の市場で販売を拡大します。
地域層を変えていくこと、顧客層を変えていくことなのが考えられます。
地域層を変更する市場開拓で最も代表的なのが海外展開ですね。国内だけで販売していた製品を海外マーケット向けに販売することで大きな市場を獲得することができます。
また海外展開までいかなくても、今まで子供向けに販売していたゲーム機を、コンセプトを変更することで大人向けに販売するなど、顧客層を変更していく戦略もあります。
有名な事例で言うと、ユニチャームは乳児用おむつから介護の大人用に拡大し、更にペット用へ市場を拡大することで1,000憶円に近い新しい市場を開拓しています。

見出し

売上=製品A(顧客数×単価×購入回数)+製品A(顧客数×単価×購入回数)+・・・

新規製品×既存市場・・・製品開発戦略

これは、先ほどとは逆で市場軸はそのままで製品軸の拡大戦略です。現在、販売している製品ラインナップを増やすことで、既存の市場でも、より多くの売上を上げていく販売戦略です。新製品、サービスの開発が伴うので市場軸を拡大するよりも事業化のハードルが高くなり、開発投資等を含めリスクも大きくなります。特にBtoB系製造業では開発にかかる時間やコストも非常に大きくなるので、慎重な

製品開発の公式

売上=製品A(顧客数×単価×購入回数)+製品B(顧客数×単価×購入回数)+・・・

BtoB系製造業で、新製品を開発していく時は、サプライチェーン生産プロセス横展開が主流です。俗にいう伝い歩きのことです。

運送業者が倉庫保管事業にも進出するとか、コピー機を販売している会社が、製本機まで扱う会社になるとか、部品加工をしていた会社が製品販売まで手掛けるなどがあります。いずれも事業領域を横方向に拡大していく販売戦略です。
前述した通り、新しい製品開発投資、または設備投資が必要となりますが、基本的には同じお客様が対象となり、提供できるサービスが増える分より深く、大きく顧客課題を解決することが可能となります。

新規製品×新規市場・・・多角化戦略

最後は新規の製品を新規の市場に投入する多角化戦略です。当然ながら最も難しく、入念な調査をした上で進めていく販売戦略です。
BtoB系製造業は、比較的単一事業の企業が多く、大きな環境変化が起こった時、存続が難しくなるような事態に陥る可能性があります。多角化戦略をとる目的の1つは、このような環境変化に対応するリスク回避です。

多角化戦略は大きく分けると2種類です。

1)関連型多角化(シナジー活用型)
自社のコア技術・システムを活用して新製品を開発し、新市場に進出
2)非関連多角化(M&A活用型)
自社の事業とは全く関係の無い事業へ進出、M&A案件など

(1)は更に水平的多角化や垂直型多角化などいくつか分類されますが、自社のコア技術を活用できる市場、または製品への多角化戦略です。そう言ってしまえば多角化戦略も、前述の市場開拓戦略製品開発戦略規模感を大きくしたものとも言えます。
例えば特定の加工技術生産ラインが活用できる事業、同じサプライチェーン販売チャネルを流用できる事業、または研究開発の基礎技術を同じくしている事業などへの進出が考えられます。
よく多角化戦略の成功事例として出てくる富士フイルムの成長戦略で説明すると、当時の写真フィルム業界は、銀塩フィルムからデジタルカメラへ急速に移行している状況で、年率10%を超える落ち込みを見せていました。そのような環境下で医療機器メーカーをM&Aし、レントゲン用フィルムの販売チャネルを活用して医療機器の供給を行うようになり、更に製薬会社をM&Aし、製薬部門へ事業に拡大した多角化の事例があります。
富士フイルムは、これ以外でも同社は化粧品事業などにも進出しているので多角化の成功事例として良く取り上げられていますね。実際、私も足柄の研究開発センターにお伺いしたことがあるのですが、その規模の大きさに圧倒された経験があります。

(2)は完全に異業種に参入するパターンです。財務的にみると自社よりも収益性の高い会社と合併すれば、自社の収益は高まります。(実際は全くそうならないのですが。。)
成長性の高い企業や、斜陽だが知財を持った企業のM&Aは、毎日どこかで行われています。ソニーが家電とPCからエンタメコンテンツ、銀行業・保険業などに進出した例は、まさにこのパターンの事例になるでしょう。
但し、この非関連型多角化については、失敗している事例も非常に多いです。特にBtoB系製造業においては、相変わらず富士フイルム京セラの事例ばかりで新しい成功事例はあまりお目にかかれません。まずは、じっくりと腰を据えて市場浸透戦略アップセルクロスセルを考えていくべきでしょう。

さて、いかがでしたでしょうか?基礎知識講座ということで、1投稿分書けるかな、と思っていましたが思いのほか長い投稿になってしまいました。特に市場浸透戦略で書いたアップセルクロスセルについては、今後特集を組んでもう一度投稿したいと思います。
成熟市場において次の打ち手を考える時に、単純ですが、非常に整理されるフレームワーク『アンゾフの成長のマトリックス』。是非、そのような状況になった時に、活用してみて下さい。では、今回はここまで、ごきげんよう!

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