組織の最も重要な仕事~SECIモデルを活用したしくみ創り【第97回】

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ダイバーシティ組織論

製造でも営業でも、個々の技術スキルをしくみに落とし込み『誰でも同じようにできる』ようにすることは大事なことです。製造現場では、かなりしっかりとしたマニュアルが作られ、教育体制などもカリキュラムができている会社が多いのですが、営業スキルや修理技術者スキルとなると、ほとんどがOJTでの伝承で、マニュアルなども一度作成したあと、何年も更新すらしていない、なんてことが多いのではないでしょうか?
これはお客様に接した部門は、お客様に合わせて対応が千差万別で、なかなかマニュアル化が難しいことが大きな原因だと思うのですが、これからの時代は、そこを突破しなければ効率の良い組織にはなりません。今回は、暗黙知形式知にしていくことについて、有名なSECIモデルを活用して説明したいと思います。

暗黙知と形式知

暗黙知と形式知とは

そもそも今回、このSECIモデルを投稿テーマに選んだ理由は、日常業務の仕事がこのSECIモデルそのものになっていたからです。実は、この春アフターセールス部門から、また販売企画部門に戻りました。企画部門の重要な役割は、販売部門の日常業務を徹底的に、しくみ(システム)に落とし込んでいくことなのです。なお、企画の仕事については過去の投稿でまとめていますので、こちらの記事も是非お読みください。『企画と呼ばれる仕事~事業企画・販売企画【第90回】』

企画と呼ばれる仕事~事業企画・営業企画【第90回】
さて、今回は一般的に企画職と呼ばれる業務の役割について説明したいと思います。私も営業一筋20年から最初に異動した先がソリューションビジネス推進部といった新設部門でした。私の会社ではまさに企画系の部署の先駆けで、すべてが手探り、手作り、物ま...

これはCRMSFAを導入し、活用していくこともありますが、一言で言ってしまうと『誰がやってもすぐ同じことができるようにする』ということになります。一般的にはマニュアル化とか文書化などと言われますよね。
コンビニエンスストアなどがアルバイトを短期間に店員として育成できる理由が、まさにこのようなマニュアル化の恩恵なのですが、これは暗黙知の形式知化とも呼ばれます。
なんとなく単語の雰囲気で伝わるとは思いますが、まずは暗黙知形式知の概念を整理しておきましょう。まさにこの整理のための説明が暗黙知の形式知化ということになりますね。

暗黙知

個人の過去の経験から身についた知識、中でも文書化できない(しづらい)知識。主観的な知識である暗黙知を口頭や身振りで別の人に伝えても、感じ方は人それぞれのため、知識の正確な伝達が難しい

形式知

主観的な知識を文章や図を活用して言語化した知識。個人がもっている経験にもとづく知識などをマニュアル化して共有される。

単純に考えると、企業は暗黙知をどんどん形式知化していけば良いのではないかと思われがちですが、なかなかうまくいきません。一つには営業手法や、製造における擦り合わせ技術などは文書化マニュアル化が難しいということもあるのですが、実はこの2つの知識は常に対立の関係があるのです。

企業単位で考えると、経営層は上記の通り、形式知化を推進しますが、個人、特に営業マンやエンジニアなどは自分の存在意義を示すために暗黙知を増やそうとする傾向があります。これは私も恥ずかしながらそうでした。
つまり『誰がやってもすぐ同じことができるようにする』という企画部の役割は、知識をオープンにしたくない人から知識を提出させ、それを形式知化するという大きな過程を経ていかなければならないのです。これには、知識を形式知化する目的メリットを組織全員が十分に理解して進める必要があります。

形式知化のメリット

ちなみに知識を形式知化することが全ての企業に適応するわけではありません。マクドナルドのマニュアル的な対応でふるまわれる安くて早いコーヒーを求めるお客様もいますし、それが嫌で、1杯、1杯豆を挽いて、サイフォンでゆっくり淹れていくれる古き良き喫茶店に通う人もいます。紳士服店で2着目タダのようなスーツを求める人もいますし、1つ1つ寸法を身体に合わせて仕立てるオーダーメイドでしか作らないという人もいます。
このように、業態によっては形式知よりも暗黙知の方を強めることで、存在意義を示している企業もたくさんあるのです。老舗旅館や伝統工芸品、またフレンチレストランなどといった業態は、社員の行動を形式知に置き換えてしまうと差別化の要素が失われてしまいます。
マニュアル化することが難しい『場面場面の状況に応じたおもてなし』や『肌でしか感じることができない微妙な製造(調理)技術』などは、より暗黙知(属人化)の部分を磨いていかなければならないのです。
とはいえ、ある程度の規模になった企業は、知識の形式知化が必要不可欠です。いくら凄腕の営業マンがいても、1人の処理能力には限度があります。1人のスーパーマンより10人の80点社員がいる方が、間違いなく企業としてのパフォーマンスは上がるのです。

□暗黙知を形式知化することのメリット
(1)属人化を防げる
これが形式知化メリットの全てといっても過言ではないのですが、暗黙知のまま一人の作業者が業務を続けていると、その業務は、その作業者しか行えなくなってしまいます。いわゆる『業務の属人化』が発生してしまいます。このようになると、この作業者が休んだり、または退職したりすると補完できなくなってしまいます。マニュアル化ナレッジ共有ツールなどで特定の作業者の暗黙知形式知化されていれば、担当者の急な休みや退職にも問題なく対応できます。
特にナレッジの属人化は、退職された時には会社のナレッジの流出にも繋がります。暗黙知形式知化は、担当者の不在による業務機能不全を防ぎ、会社のナレッジや技術の流出も防ぐことにも繋がります。

(2)業務効率の向上(データベース)
優秀な営業マンやエンジニアの知識や技術を形式知化して共有すれば、組織全体の業務効率が向上します。質の高いナレッジがデータベースナレッジマネジメントツールで共有されれば、すべての従業員がいつでも、どこでもそのナレッジを得ることができます。すでにナレッジを持つ営業マンやエンジニアの時間を、若いスタッフに教えたり、質問に答えたりすることで取られることもなくなります。
特にデータベース化されていると、膨大な情報から検索をしたり、類似の書類を複数見つけることも可能となります。

(3)従業員の教育が迅速に行える(コンテンツ活用)
暗黙知マニュアル動画といったコンテンツに形式知化すると、若手営業マンやエンジニアの教育を体系的に行うことができ、より迅速に人材育成をすることができます。特にリモート勤務などが増え、対面での教育が難しくなっている今、動画コンテンツによる教育は大きな武器になります。
また動画コンテンツはテロップの追加だけで海外などにも活用でき、研修にかける時間やコストを抑え、日程調整など業務工数の削減にもつながります。

SECIモデル

SECIモデルとは

暗黙知形式知についてはどちらが良い、悪いというものはありません。むしろ暗黙知の方が誰にも真似ができないという点において貴重な知識とも言えます。
しかし企業はこの暗黙知を個人という金庫から出して、一人でも多くのメンバーにその知識や技術を共有しなければなりません。この暗黙知から形式知へ、また形式知は更に次の暗黙知に繋がり、スパイラルを描きながら、組織全体の知識・技術を育成するというフレームワークがSECIモデルです。

SECIモデル概念図

SECI(セキ)モデルとは、個人が持つ知識や経験などの暗黙知を、形式知に変換した上で組織全体で共有・管理し、それらを組み合わせることでまた新たな知識を生み出すフレームワークのことで、一橋大学大学院教授の野中郁次郎氏らによって提唱され、日本企業の事例をベンチマークして作られた日本発信のナレッジマネジメントの基礎理論です。

永続的に続いていくスパイラルな理論なので、どこがスタートというわけではないのですが、教科書通り左下から解説していきます。

(1)共同化プロセス(Socialization)

共同化プロセスとは、個人の暗黙知他人に移転(共同化)させるプロセスのことです。
共同化プロセスでは、暗黙知『個人から個人』へ移転させるプロセスであり、形式知化する前の段階になります。営業で言えば『同行しながら先輩のトークを真似する』とか若手のエンジニアが『熟練者の技術を見て盗む』などといった経験の伝達ということになります。また、これはほとんどの会社で自然に行われているプロセスだと思います。

また、SECIモデルでは、それぞれのプロセスが行われる『場』を規定しています。
共同化プロセスでは、主に従業員同士のコミュニケーションを行うことが重要と考えられ、それを行う『場』のことを創発場と呼びます。従業員同士が自然と交流できたりするスペースの提供、同じ業務を経験するための教育(OJT)などが創発場に該当します。一人では共同化は図れないため、従業員同士の交流を活発にする創発場の提供が重要となります。

(2)表出化プロセス(Externalization)

表出化プロセスとは暗黙知形式知に変換するプロセスのことです。
表出化プロセスでは、個人が所有している暗黙知を言葉や文書などで形として見える形(形式知化)にさせることが目的です。
営業で言えば『お客様に対する提案をプレゼンテーション資料としてパワーポイントや動画などでできるように準備する』ことであったり、エンジニアでいえば『製造のマニュアルを作成したり、数値で加工精度を指示したりする』ことです。これはわかりやすいですね。

表出化プロセスでは主に対話によって創造できるとされています。暗黙知の言語化や文書化といった表出化プロセスは会話によって行われるとしており、このような『場』対話場と表現しています。会議を開催して資料としてまとめたり、研修会などを開くことが対話場の提供ということになります。

(3)結合化プロセス(Combination)

結合化プロセスとは言語化や文書化された複数の形式知を組み合わせ、新たな知を創造していくプロセスです。
結合化プロセスでは、複数の個々の文書などを結合して新たに効率的な工程を創造したり、システムの導入することによって、データベース化をすすめ、更新や検索性を高めることが可能です。

結合化プロセスでは大量な形式知1か所に集中共有することが重要なプロセスです。SECIモデルではそのための『場』システム場と呼んでおり、文字通りシステムによって形式知データベース化を進め、ナレッジ管理ツールを活用して進めます。
複数の形式知を組み合わせるためには、それぞれの形式知を組織のメンバーが『いかに簡単に、早く、どこにいても到達できるようにする』のかが重要な活動になります。
そうなると、システム場オンライン(クラウド型)ツールでの構築が望ましいです。例えば、チャットツール社内SNSCRMSFAなどの営業支援システムに情報を集約することで不特定多数の従業員がアクセスしやすい環境の構築が可能になります。

(4)内面化プロセス(Internalization)

内面化プロセスは、個々の従業員がシステムから複数の形式知を活用していくと、次第にマニュアルや資料を見ることなくできるようになってきます。まさに形式知が定着し、個人の中で暗黙知化したというイメージです。すると、その形式知にも改善箇所が散見するようになり、個々に独自性が出てくるようになってきます。
内面化プロセスでは暗黙知が個人の経験や思考によってさらに深化し、発展した暗黙知となります。その暗黙知をさらに共同化、表出化、結合化といった次のスパイラルに乗せていくことで組織の発展に役立てることがSECIモデルの大きな狙いで、理想的なナレッジマネジメントの姿になります。

内面化プロセスにおける『場』形式知を従業員が継続的に実践することができる実践場を準備することが必要不可欠です。また、ただ実践するだけではなく新たに得られる知識やスキルを含めて暗黙知となるような『場』の整備が重要となるでしょう。

SECIモデルについては、やはり野中郁二郎、竹内弘高氏の『知的創造企業』をまずご推薦します。2020年に新装版となっていますので是非、こちらで知識を補足してみて下さい。

形式知化の取り組み方法

では、最後に暗黙知の形式知化はどのような手順で進めればよいのでしょうか?恐らく、形式知が全くないというところからスタートする企業や事業部はほとんどないはずです。過去に作成した虫食いだらけの形式知を整理し、また暗黙知を可能な限り形式知化し、ある程度の時間をかけて進めていかなければなりません。
またナレッジはいろいろなものと連携しているのでどこから始めればよいのか、どんなコンテンツにすべきなのか非常に悩むところです。その際は下記のステップのように、なるべく狭く区切りながら進めていくといいのではないかと思います。
ある程度、データベースができてくると、どこかのタイミングでナレッジマネジメントの好循環が生まれてきますので責任者は不退転の気持ちをもって推し進めていくことです。
尚、以降『暗黙知を可能な限り形式知化』をナレッジマネジメントと呼んで解説を進めます。

□STEP1:目的の設定
1つ目のSTEPは、目的の設定です。特に何のためのナレッジを構築するのかを定めることです。大体、企業においてナレッジが不足して不満を持っているのは販売部隊です。その次がアフターサービス部隊といったところでしょうか?
このように具体的に対象者を決め『今このような状態のものを、いつまでにこのような状態にする』といった具体的な達成目標をきめることです。例えば販売部隊向けのナレッジマネジメントを進めるのであれば下記のような感じです。

現状:見積書がEXCELで作られており、詳しい人間でなければ作れず、間違いも非常に多い
目的:今期中見積書をシステムで作成できるようにし、誰でも間違えず作成できるようにする

現状:販促物が個人所有になっており、若手が資料作成に時間をかけたり、作成できない。
目的:上期中提案別の販促物アプリ化して、営業スタッフ全員に配布する。

ナレッジマネジメントだけの話ではありませんが、具体的な対象、納期、達成された形をなるべく細かく設定することが必要です。

□STEP2:現状を見える化し、プロセス順の設計図準備
2つ目のSTEPは、具体的にナレッジマネジメントを作成する前に、現状をしっかりと棚卸しします。販売向けのものを作成するのであれば、販売プロセスの順番(訪問⇒見積⇒交渉⇒受注⇒納品⇒アフターフォロー)に並べて、それぞれのプロセスでどんなナレッジ(形式知)が欲しいのかをに書き出して一覧化します。
その後、現在保有しているナレッジ更新が必要なナレッジ新規に制作するナレッジをプロセスに載せていき、優先順位をつけてナレッジの構築を進めます。このフェイズではナレッジマネジメントツールの選択も入ってきます。
また、これらのプロジェクトを進めていくときは、暗黙知を大量に持っている人をリーダーに据えることも重要になります。
自分の暗黙知意図的に隠している人はそんなに多くありません。むしろ自分の暗黙知が会社の財産になるでのあれば、積極的に協力してもらえます。このような人は、そもそも優秀な人が多いので、10個や20個程度、自分の暗黙知を形式知化されても、更に深い階層にある暗黙知によって決定的に差別ができているものです。

□STEP3:ナレッジマネジメントツール導入
3つ目のSTEPは、ナレッジマネジメントツールの導入です。せっかくナレッジ(形式知)を集めても、どこにコンテンツがあるのかわからなければ意味がありません。なるべく多くの人が簡単にアクセスできるようにするためにはクラウド型のナレッジマネジメントツールが必要です。
現在、ナレッジマネジメントツールは多機能化しており、チャットツール派生したものから、SFAツールのオプション的なものまで多数あり、どれが良いかは使用用途によって変わります。その中で、私がツールの選択のポイントとしているのは下記の4点です。

①社員全員が参加できる(アカウントを保有している)
②更新や簡単なサイト改修が自社内で完了できる
③権限設定が充実している
④全てのコンテンツに対応している(動画、PDF、Imgなど)

ナレッジマネジメントツールを導入したら最初の1か月が勝負です。この1か月の間にファンを増やしていくことで、組織内の浸透力が変わります。とにかく最初の1か月間は役に立つ情報を絶え間なく投稿して、ツールの良さを知ってもらうことです。
また、最初に作って終わりではありません。SECIモデルを参考にして、暗黙知をどんどん形式知に置換え、古い情報は頻繁に更新し、ナレッジの鮮度を保ちます。

ツールについては、いろいろ検討して良いものを選ぶのも良いですが、この手のツールはトライアンドエラーだと私は考えています。ナレッジは常に陳腐化していきます。またこれらのツールに最良なものはありません。まずは一度ツールを決めて運用し、参加しているメンバーの感想を聞きながら改善、場合によってはツールの変更をアジャイル的に進めるのが良いと思います。まずは実行です。

さて、今回はいかがでしたでしょうか?BtoB系製造業にとって、販売員や技術スタッフを早期に育成することは必要不可欠なものです。シニアの知識や技術を形式知化することで、企業にとっては貴重な財産を蓄えていくことになります。
今回のSECI(セキ)モデル知識育成のメカニズムを表現したものであり、具体的に形式知化する方策を示したものではありませんが、このようなフレームワークを使って、自社の暗黙知どのような手順で、どんなコンテンツにまとめていくのかをしっかりと考えなが進めていきましょう。
このような形式知(知識のコンテンツ化)ができあがると、この知識や技術は社内だけに限らず、自社のお客様や場合によっては他業種にも展開できる可能性があります。企画部門の重要な役割として、この形式知化を進めてみて下さい。
では、今回はこれまでです。また、次回。ごきげんよう!

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