製造業の新規事業展開【第75回】

Iphone両持ち営業戦略

ここ2回、成熟マーケットの中でBtoB系製造業がどのように事業を展開していけばよいのかについて、サブスクリプション【第73回】やイノベーションのジレンマ【第74回】などを題材にして説明をしてきました。
この両方の投稿でも随所に触れてきましたが、現状のビジネスが頭打ちであれば、市場製品軸のどちらかを変えていかなければ打開できません。(時々、残存者利益というのもありますが)
今回は、そのような製造業の新規事業展開を最近話題の『両利きの経営』【チャールズ・A・オライリー氏、マイケル・L・タッシュマン氏(監訳、解説:入山章栄・奥山和彦氏)】にあるフレームワークを活用して説明していきたいと思います。

両利きの経営とイノベーション

イノベーションとは

まずはイノベーションについて触れておきましょう。経済学で主にイノベーションという言葉を定義したのはチェコの経済学者・ヨゼフ・シュンペーター氏で、その著書『経済発展の理論』がベースになっています。
この本は20世紀初頭(1912年刊行)に書かれたものですが、後の経済学者にも繋がる内容も多く、また十分現在にも使える理論が書かれています。
シュンペーター氏は『安定していて同じ状態を重ねても現状の改善レベルにしかならなく、産業の発展は飽和してしまう。そのため企業者は異質で新しいものを導入し、既存の構造を『創造的に破壊する』ことによって、飛躍的な産業発展が実現される』と考え、この異質で新しいものを導入することをイノベーション(新結合の実行)と定義づけています。
また、シュンペーター氏はイノベーションを下記の5つに分類し、これらの1つまたは複数が組み合わされることによって『創造的破壊』が生まれ経済発展に寄与すると説明しています。
しかし、これを読むと資本主義経済において企業が事業を継続していくために必要なことは、変化へのスピードの差こそあれ、当時と変わっていないことがわかります。

①消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産
⇒ユーザーが知らない製品、品質・機能の開発【製品・技術】
②新しい生産方法の導入
⇒新しい生産方式や流通経路の開発【生産プロセス】
③新しい販路・市場の開拓
⇒新しいユーザー(市場)の開拓【マーケット】
④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
⇒未知の原材料や既存部品の活用【サプライチェーン】
⑤新しい産業組織の実現
⇒新しい組織の構築【組織構造】

シュンペーター氏は社会経済全体でのイノベーションを説明していますが、当然、一企業に置き換えれば、その企業がイノベーションを起こすための条件として十分に活用できると思います。

両利きの経営

さて、冒頭でご紹介をさせて頂きました『両利きの経営』ですが、前回投稿『イノベーションのジレンマ【第74回】』で紹介した同名書籍の著者・クリステンセン教授も激賞とのことだったので、夏季休暇中に読んでみました。
また『両利きの経営』の意訳を担当している入山章栄氏のビジネスチャンネルなどにも、多数触れられているものが多かったので、こちらもかなり参考にさせて頂きました。(むしろ本より先にこちらを閲覧していましたが。。。)
著書はBtoB系製造業だけに特化している内容ではないですが、世界の様々な業種の会社がどのように新規事業を生み出し、展開していったのかについて、同業種で失敗していった会社と対比をして具体事例として説明しているので、自分自身のビジネスに投影する意味では非常に役に立つ本でした。

本の内容わかりやすかったのですが、入山章栄氏がビジネスチャンネルなどで解説している時に使用するフリップ『両利きの経営・知の深化と探索』がわかりやすいので、こちらを図式化してみます。

両利きの経営(入山章栄氏)

前回説明したイノベーションのジレンマ。大企業やシェアの高い企業は、その成功体験から、既存事業から離れることができず、新しいイノベーション(破壊的イノベーション)の前に敗北するという理論でしたね。
しかし、大企業や成功体験のある企業でも、現在行っている事業が停滞すれば、必ず新機軸を打ち出すために新規事業の立案が会議に上がります。新規事業推進部などが設置され、アンゾフの成長マトリックスなどを活用して、新しいマーケット新しい製品軸を検討していきます。それなのに、なぜ大企業は破壊的イノベーションを作れないのでしょうか?
大きな理由は、そういった会社は新規事業推進部に対し、短期間で結果(収益)を求めることが多いのです。
そうなると新規事業推進部伝い歩きのビジネス既存技術のシナジー効果といった既存技術を下敷きにした新事業を検討するようになります。もちろん、そのような既存技術から新しいマーケット製品技術が開発されていくこともありますが、往々にして短期間の結果を求めるばかり、既存技術の練り直しに注力することになります。

両利きの経営では、この既存事業の練り直しを否定していません。この点が『イノベーションのジレンマ』を一歩進めて、より実戦に近づいた経営理論と言えるでしょう。
ちなみに両利きの経営では、これを『知の深化(Exploitation)』と呼んでいます。両利きの経営では、既存事業で本当に収益に繋がる重要な事業については、より事業効率を高め、深めていくことが重要であると説明しています。
しかし、成熟市場で事業を拡大していくには、縮小するマーケットや製品だけではダメで、どうしても新規事業への展開が必要不可欠となります。
両利きの経営ではこれを『知の探索(Exploration)』と呼び、仮に今運営している既存事業と共食いになったとしても、新しい製品技術新しいマーケットを探し出せた企業が生き残れると指摘しています。前述のイノベーション無くして企業の成長はあらず、といったところです。
まとめると、『事業拡大の資金があるうちに既存事業を効率よく整理をして、企業の資源を新規事業へ再配分して次の事業を開発し、永続的に経営を繋いでいく』というのが両利きの経営のサマリということになるでしょう。

BtoB製造業の新規事業展開

新規事業のポイント

いよいよ、今回投稿の核心部ですが、イノベーション理論両利きの経営を受けて、BtoB系製造業がどのようにすればイノベーションを起こすことができるのでしょうか?
今回は両利きの経営の内容に私の私見も交えてまとめたいと思います。

1)組織は独立性を保つ
企業が新規事業部門を計画する時、ほとんどの場合小さな部門を考えます。それこそ既存の営業企画部門に付け加えられたり、組織の中のメンバーも課名が変わっただけというような新規事業部門では、チームメンバーが自由に動くことが相当難しいです。
調査訪問1件するにも、営業の許可がないとアポイントも取れないような組織では、新しいアイディアが出てくることはほぼ不可能です。新規事業部門は、独立組織自由に幅広く情報収集ができる環境が必要です。
但し、ただ好き勝手に行動されても困ります。それを会社と縛るのが、企業ビジョン(状況によっては事業部ビジョン)です。経営側が明確にビジョンを示して、どれだけ新しいモノを探索しても、ビジョンとズレないように進めているのかを確認することでことで、会社の方針と離れないで進められることができます。

2)評価は長期間、軌道修正は短期間
新規事業部門は、すぐに売上につながりません。この部門の評価を他部門と同じようにしてしまうと、次第に新規事業の活動が短期間の結果ばかり追い求めるようになります。また、短期間の成果を大きく見せたいために、報告書の作成などに大きな時間をかけるようになってしまいます。
新規事業が報告のために仕事をしてしまったら、イノベイティブな事業は絶対に出てきません。評価軸は、他部門とは全く違うモノを使用しなければなりません。
但し、

3)強いリーダー=プロセスを知っている人材
新規事業の組織を編成する時に、なかなか優秀な人材を集めることは難しいですね。それは、どの組織も主力選手は自分のチームで活用したいので、良くて3番手、4番手、ひどい場合は後ろから数えるような人材が新規事業に集められることがあります。
そうでなくても新規事業部門は社内では『ムダ飯食い』部門と見られがちです。そのためリーダーにエースクラスの人材が据えられることで、他部門からの見られ方が変わり、また部内メンバーの精神的安定に繋がります。(1)の独立組織とも関係しますが、この精神的安定は新規事業部門の成功に大きく関わってきます。
とはいえ、なかなか人材を集めることは難しいものです。ちなみに私の感覚では100人以上いる組織であれば、1年目の社員だろうが、嘱託者であろうが、5人集まれば人材とアイディアは必ず出てきます。しかし、残念ながらアイディアだけでは新規事業は推進しません。
推進しない理由は『新規事業のプロセス(やり方)』が構築できないことが多いのです。新規事業のリーダーは仕事ができることも重要ですが、この『新規事業のプロセス』を理解している人が最も重要な能力になると考えます。

4)具体的な技術・製品から拡大
最後に新規事業部門が活動し始めると、大きな成功を求めてお題目や計画になどに時間を掛けがちになります。新規事業部門は、とにかく『数打ちゃ当たる』の精神です。
アイディアを出す事業計画を作る実行する修正するをいくつも繰り返していくことが重要です。テレビなどで取り上げられている成功した新規事業の話などは実に格好が良いものですが、実際に会社の中で新規事業を展開すると、時間がかかり、障害も多く、なかなか進まない本当に難しいのです。
そのために新規事業部門のメンバーは『スモールスタート、スモールサクセス』で、まず1つ成功事例を作ることを心がけて下さい。

事業計画の作り方などについては、かなり昔の記事になりますが、似たような投稿もしていますので、こちらも併せて読んで頂けたら幸いです。

製造メーカーがソリューションを実行するための組織【第17回】
さてソリューションビジネスについては、これまでに何回かとり上げ、ソリューションビジネスの本質や、具体的なソリューションビジネスの事例、また販売部門の立場からソリューション営業とは何なのか?などについて解説してきました。ではソリューションビ...

さて、今回はいかがでしたでしょうか?この成熟産業下において、BtoB系製造メーカーは新しいビジネスの創出に躍起になっていることでしょう。また現在は新しいビジネスモデルを創り出しても、5年もすると陳腐化し、また次のビジネスモデルを考えていかなければならない時代です。
まさに、常時イノベーションを創り出していかなければならないわけです。しかし製造業にはコアになる技術、製品が存在します。これは事業拡大時のベースになる重要な事業です。私はこの『知の深化』がしっかりできた上に、イノベーション『知の探索』も創り出されていくものだと考えています。
ソリューションビジネス『顧客が起点』、つまり顧客の課題がビジネスに繋がることを、いろいろな投稿の中で書いてきました。ちょっと矛盾するかもしれませんが、イノベーション『自社が起点』です。顧客の課題を並べてもイノベーションは創り出せないのです。課題を探索し、トライ&エラーを繰り返したのち、イノベーションが創造されます。
そういう意味では、今回ご紹介した『両利きの経営』はBtoB系製造業には好例になると考えます。
では、今回はこれまでです。また次回、ごきげんよう!

コメント