前回、アンゾフの成長マトリックスを説明しました。現在、日本のBtoB系製造業は成熟したマーケットで苦戦を強いられています。そのようなマーケットの中で事業を成長させなければならない中、アンゾフの成長マトリックスは非常に活用できるフレームワークだと思います。但し、市場を開拓したり、製品開発をすることは、時間も投資もかかる戦略です。今回は、部門内でも検討、実行に移せるアップセル、クロスセルについて、BtoB系製造業目線で、解説していきたいと思います。
成熟市場で売上を上げるために
顧客ロイヤルティと顧客欲求の探索
モノが余り、製品の品質や性能を単純に高めるだけでは売上が拡大できない状況です。
BtoB系製造業は、新製品の開発に時間がかかり、また新しい市場に乗り出すにしてもリスクが高くなり、成功事例が少ないのが現状です。その中でも売上を上げ、収益を拡大していかなければ企業は存続できないため、現在の市場、現在の製品を軸に売上を拡大していく戦略にアップセル、クロスセルがあります。
BtoC系企業では非常に良く活用される販売戦略ですが、意外とBtoB系製造業では活用されていることが少ない感じがします。
製造業は製品の品質や性能の向上を価格に転嫁できず、競合との差別化や既存製品の更新のために活用されてきました。そのためアップセルの提案が売上向上につながらず、むしろ収益を圧迫している状況になっている企業が多いのです。
アップセル、クロスセルを効果的に行うためには2つの重要な要素があります。
1つは顧客ロイヤリティが高いことです。より高い製品や主力製品と他の製品も併せて購入してもらうなどという行為は、ともすれば押し売りのように思われてしまう可能性もあります。
そのためにお客様と信頼関係がある状態、つまり『顧客ロイヤリティが高い』状態にあることが、まず大事になります。
また、もう1つは顧客の欲求を確実に捉えることです。BtoB系製造業は、ともすればプロダクトアウトな感覚がとれません。顧客の真の欲求(購買者欲求)に訴求しなければなりません。
BtoC系企業だと、この辺が極めて秀逸です。例えばダイエット製品を販売する時に、体重を減らすことは顧客(購買者)の欲求ではありません。痩せた結果、カッコい服で出かけたいのか、または異性に告白したいのか?この商品メリットの結果どうしたいのかが顧客(購買者)欲求です。
BtoB系製造業は商品メリットまでは、非常にテクニカルにプレゼンテーションしますが、なかなか、その先の顧客(購買者)欲求への訴求が示されていないことが多いです。
従来の1.5倍の生産が上がるというのはプロダクトアウト寄りの目線です。生産が1.5倍上がると、お客様にはどんなメリットを感じられるのか?そこまで訴求しないと、マーケットインの目線にはなりません。
やはり、モノが売れない時の販売はソリューションビジネスです。顧客との面の接触(厚いリレーション)と、そこから顧客課題をしっかりと見つけて、的確なタイミングで提案していくことです。
アップセル
さて、モノ(製品)が売れない市場で、売上を上げていく方法としてアップセルがあります。BtoCのネットビジネスの世界で良く使われていますが、昔からある販売量拡大の施策です。次のセクションで説明するクロスセルと似ているので、一緒に考えても問題ないと思いますが、どちらにも共通しているのは既存ユーザーを対象にしていることです。
『1:5の法則』の法則は、新規顧客の獲得は既存顧客の5倍のコストがかかるというマーケティング用語です。これは新規顧客の獲得よりも既存顧客の維持の方が重要であるという考え方ですが、アップセル・クロスセルはまさにこれに合致した販売戦略なのです。
アップセル(UpSell)は読んで字のごとく、製品の単価(顧客単価)を上げることで売上を拡大する戦略です。しかし、ただ単価を上げるだけではお客様は購入するどころか、離れていってしまいますので、そこには心理学的な販売戦略が必要になります。
アップセル・クロスセルは、良くマクドナルドが事例として取り上げられるのですが、例えば、チーズバーガーを注文したお客様に対し、『今、特別なチーズを使った厳選チーズバーガーもあるのですが、いかがですか?』といった提案がアップセルです。
1)顧客課題を解決するオプションの追加
顧客の真の欲求は何なのかを掴み、その欲求に対して『いくらまで追加の支出ができるのか』といったトレードオフを見つけることです。これを説明するのがROI提案です。
BtoB系製造業の製品は比較的高額なものが多く、購買決定の際、お客様は『せっかく購入するのだから損をしたくない』という心理になっています。そのため、お客様は欲求を満たすものは絶対に外すことはないのですが、欲求だけで決定したくもないものです。
お客様自身が自分を納得させるアイテムとして投資対効果(ROI)になります。追加される費用に対して経済的な妥当性があれば、もともと欲求のあったオプションですから、アップセルを達成することができると思います。
それでも価格のUPに対して、お客様と合意を得れない場合もあります。その際は、トライアルといった方法も製品によっては採用することが可能です。
暫定的にオプションアップした製品を使用してもらい、その性能向上を体験できたら、そのまま購買してもらうやり方です。
BtoB系製造業がこのトライアルを実行する場合は、販売価格の5~10%をトライアル料として受領しておくことです。このトライアル料は、購入が決定すれば、製品の代金に充当されるように決めておくのです。
こうすることで、お客様の購買意欲を測ることができ、最終購買の試金石となります。また仮に決定しなかった時でもトライアル料だけは確保できます。
クロスセル
クロスセルはメイン製品以外の製品を併せて販売することで販売価格を上げる手法です。これもマクドナルドが事例として上げられるのですが、例えばハンバーガーを注文したお客様に『ご一緒にポテトはいかがですか?』といった提案になります。
BtoB系製造業の場合は、ポテトのようにはいかないので作戦を考える必要があります。ポイントはリカーリングビジネスです。
リカーリング(Recurring)とは繰り返しの意味であり、リカーリングビジネスは継続的に収益を上げるビジネスです。製品を販売した後も、その製品から継続的に収益を上げるビジネス形態で、むしろ製品販売での収益(フロントエンド)よりも販売後の収益(バックエンド)の方が大きくなるビジネスモデルです。
コピー機のトナー、オフィス用コーヒーメーカーのフレイバーカートリッジ、ウォーターサーバーの水など製品は比較的安く販売しながら、消耗品も一緒に販売するクロスセルです。
BtoB系製造業では、GEの航空機事業のように製品のパフォーマンス(稼働時間や生産量などのオペレーションの最適化)に対して対価をもらうモデルなども成功事例の一つです。
特に販売した製品に対し、IoT技術を活用して細かく監視し、データを分析することで新しいサービスを生み出すことができます。こちらはアップセルといっても良いかもしれません。
またリカーリングビジネスの中でも、定額の継続収益を上げるサブスクリプションモデルを構築することはBtoB系製造業でも重要な販売拡大の施策となります。
製品そのものを販売(コト売り)するのではなく所有(モノ売り)と考え、非常にリーズナブルな価格を支払うことで製品を使用することができるサブスクリプションはBtoCの世界では動画配信サービスなどを中心にサービスの主流になっていますが、BtoB系製造業でも、これからの購買の主流になると思います。
また、この所有やパフォーマンスのサブスクリプションに、消耗品や保守なども定額サービスに付加し、製品・消耗品・保守・オペレーションなど設備の生涯コスト(TCO)を提供するサービスなどへの転換も製造業のクロスセルの一例といえるでしょう。
TCO (total cost of ownership) とは「総保有コスト」のことで、ある設備などの資産に関する、購入から廃棄までに必要な時間と支出の総計。Wikipediaより
但し、前のセクションでも説明をしましたが、既存の顧客から売上を上げるといったアップセル・クロスセルを実現するためには『顧客ロイヤリティ』と『提案のタイミング』といった下地があることを忘れてはいけません。これが無いと、ただの値上げと押し売りになりますの、注意して下さい。
さて、前回の『アンゾフの成長マトリックス【第57回】』の補足回として、今回はアップセル、クロスセルについて説明させて頂きました。モノ(製品)が売れなくなってきている市場で、なかなか新しい製品が軌道に乗らない時は、既存の製品・市場で売上を高め、一時的にしのいでいくことが必要です。
アップセル、クロスセルを真剣に考えていく中で、意外とまだまだ市場の深堀り(市場浸透戦略)ができる時があります。市場浸透戦略は、ヒト・モノ・カネといったリソースが従来のまま使えます。販売不振に困ったら新規事業と同時に、現在の市場での戦い方も是非、検討してみて下さい。
では、本日はここまで、ごきげんよう!
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